出産後入院①

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1日目

朝7時頃、お腹の傷が痛くて目が覚めました。夜中も何度か痛みで目が覚めていましたが、すぐに意識がなくなる感じでした。この時もお腹が猛烈に痛いものの、また意識を失うように眠りました。

8時頃、朝ごはんが運ばれてきました。前日全く何も食べていなかったのに、全くお腹が減った感覚はありませんでしたが、頑張って半分ぐらい食べました。そのあと、また眠りにつきました。

10時頃、ようやくスッキリ目が覚めました。意識がはっきりしてくると、その分お腹の痛みがものすごく、少し動くだけでも激痛、笑ったりしたら死ぬんじゃないかと思うぐらいの激痛、めちゃめちゃつらかったです涙

11時頃、尿の管を外してもらい、ようやく動けるようになりました。里帰りしてからというもの、約2ヶ月ほとんど動いていなくて、動きたくてたまりませんでした。なので、お腹の痛みは凄まじいものの、産科内を徘徊しまくりました。自分が歩いている姿を鏡でみたら、お腹を庇いながら歩いているので、まるでゾンビみたいな歩き方だなと思ったことを覚えています笑

その後、NICUの先生が3人の状態について説明しにきてくれました。「現在呼吸も安定しており、大きな問題は見られない。ただ、出産後72時間は急変しやすいため、注意深く見守っていきます。早産児にはなによりも母乳が一番良いので、退院までに一回100mlは搾乳できるようになっておいてください」と言われました。

私はすぐにでも3人に会いにNICUに行きたかったのですが、初回は看護師さんに連れて行ってもらうように言われていて、看護師さんが連れて行ってくれたのが15時半頃でした。

一番小さく生まれたきのこちゃん以外は呼吸の管も外れていて、安心しました。でも、とても小さい我が子の姿に早く産んでしまったことに対する申し訳ない気持ちを感じずにはいられませんでした。翌日からは私の好きなタイミングに面会に行って良いとのことだったので、たくさん面会に来ようと思いました。

この日の晩、はじめて助産師さんに搾乳してもらいました。産んだらすぐに母乳が出るようになると思っていたので、頑張って搾ってもらっても3mlぐらいしかとれなくて衝撃を受けたことを覚えています。退院までに100mlも出せるようになるのか不安でいっぱいになりました。

2日目

朝、血圧を測ったところ、上が140台だったため安静にしておくように言われ、午前中の搾乳はやめておくことになりました。

午前11時頃、帝王切開の後から背中に入っていた麻酔の管と点滴に針が抜かれました。管理入院からずっと点滴に繋がれたままだったため、何にもつながることなく生活できることがとても嬉しかったです。

お昼頃に血圧を測ったたところ、問題ないとのことで搾乳をしました。午後からは3人が母乳を飲み始める(口からではないです)と聞いていたので張り切って搾乳しましたが、5mlも取れずなくて絶望しました。

午後から3人の面会に行ったところ、全員横断の治療中でした。

私の出産したら病院は母乳が正義!みたいな病院だったので、3時間に一回はかならず助産師さんが病室に来て、搾乳を促されていました。私は絶対に完母にしたいというような強い意志はなかったものの、早産児には母乳が良いと聞いたし、産後の入院中は3人はずっとNICUにいて、搾乳以外なにもすることがなかったので、毎回全力で搾乳していました。電動搾乳機はある程度手絞りで母乳が取れるようになっていないと使ってはいけないと言われたので、3時間に一回は30分ぐらいかけて手絞りで搾乳し、そのあとは助産師さんに搾ってもらうというのを繰り返していました。しかし、なかなか母乳量も増えず、悲しかったです。おまけに、この日の夜ぐらいから、搾乳していてもずーっとおっぱいが張っているような、おっぱいに岩でも入っているんじゃないかと思うぐらいの痛みを感じるようになりました。

搾乳は夜中も続きます。産後ハイも相まって、次の搾乳でどれくらいとれるのかが不安で、この日から全く寝ることができなくなってしまいました。

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